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2007.12.03

アメリカTV業界の奇妙な生業!?

ニューヨークに移って来たばかりのとき、ネットワークのソープオペラのバックグラウンドの仕事をもらった。日本ではエキストラとよばれるその他大勢の役は、アメリカではバックグラウンドと呼ばれて、俳優組合の管轄下にある。

NYで初めて見るネットワークの撮影現場なので、興奮気味のあたしは、コーヒーショップの“ 客2”のモチベーションとか、キャラクター設定を真剣に考えながら、カメラに入れたらいいな。少しは顔とか写らないかな。それが誰かの目に留まって、主役抜擢。こんにちは、ハリウッド。ハロー、オスカー。と、どきどきしながらカメラを追っていた。ところが、あたしの横にいるカップルは、奇妙な動きをしている。帽子を深めにかぶったり、下向きでコーヒーをすすったり。これでは全く顔が写らないじゃないか! だめだめ。グッドバイ、オスカー!

カメラポジションをチェンジする間、隣同士になったあたしたちは、ぼちぼちとお互いのことを話しはじめた。彼らはミッドウエストからニュージャージーに引っ越してきて、過去3年間バックグラウンドのプロとして生活をしていた。日本のエキストラは、芸能事務所から送られてくるけれど、アメリカのエージェンシーは、お金にならないバックグラウンド用の俳優は採用しない。だから、ニューヨークのネットワークや、映画のキャスティングディレクターに直接コネをつけて、イーストコースの撮影現場を走り回っている。
「月にだいたい20日は撮影現場に来ているかしら」
「20日?」
バックグラウンドの最低のギャラは130ドル。ということは、彼らは1人2600ドル、2人で5200ドルの月収を稼いでいることになる。俳優組合のメンバーのトップ5%だけが、4200ドル以上のギャラを稼げるのが現実なのに。これでは、バックグラウンドの方が稼ぎがいいということではないか!

あたしの驚いた様子に気をよくした2人は、声を低くして、彼らの秘訣を教えてくれた。
「バックグラウンドとして稼ぐには、目立ったり印象付けたらだめ。カメラに顔を写されてもだめなのよ。あなた、さっきはカメラに顔向けてたでしょう。そしたら、今度から使ってもらえないわよ。」
なるほどそう言われると、 昼メロの店の客と、刑事物の通行人と、刑務所の囚人が同じ顔だと、まずい。彼らは髪の色形を定期的に変えたり、サングラスや眼鏡、帽子やウイッッグで面が割れないように、目立たないように、気を使う。そんなプロの根性を信用して、キャスティングディレクターが仕事をくれる。
「サラ・ジェシカって、本当に優しい気を使い屋さん。だから太れないのよ」とか、「オリバー・ストーンって、イメージ通りのバッドボーイだったわ」とか、撮影所で出会った有名人のうわさ話に花を咲かせる彼らを横目に、釈然としない気持ちを抑えきれないあたしだった。

ニューヨークの俳優生活は厳しい。みんなウェイターをしたり、テンプ(いわゆる派遣)をしたり、セカンドジョブやデイジョブ(昼間のお仕事)を掛け持ちして、貧乏生活に耐えながら、演技の勉強に励む。それなのに、彼らはただのスターの追い掛けをして、俳優として生活をしている。だが、そんな彼らに俳優としてのプライドはないのか?
(ふん、バックグランドの仕事がなくたって結構。あたしはあんたたちと違う。)
と、内心憎まれ口をたたいていたあたしだった。

けれど、落ち着いて見回してみると、俳優の中には奇妙な技術や肩書きで生業を立てている人が沢山いる。バックグラウンドのプロは目立たないことで生活している。だが、俳優の中には、 演技をしないことが仕事の俳優もいる。

スタンドイン。これは、主役の方たちが疲れないように、技術調整の間ブロッキングの代行を行う、主役に背格好が似ている俳優の職名だ。日本では、ADさんやアシスタントが撮影仕事の片手間に行うことが多いらしいが、背格好、髪の色、皮膚の色まで個性的なアメリカの俳優の場合、カメラの色調整が難しいため、 誰でもがこなせるものではない。だから、連続ドラマでは、レギュラーのスタンドインがつくし、スターには、専用のスタンドインが付いて廻ることもある。

契約上はバックグラウンドと同様だが、ギャラが1日145ドルと15ドル高い。その上、主役と稼働日数は同じなため、ギャラは高いが、撮影日数の少ないデイプレイヤーよりも、1本のドラマで稼ぐ金額は多い。そして、ディレクターやスターと直接接触するチャンスが多いため、撮影所で彼らはちょっとえばっている。
「あたしはサラ・ジェシカのスタンドインだったの」
「あたしはジェニファー。」
「ああ、ブラッドに捨てられたジェニファー?」
などと、スタンドイン同士のライバル意識を持っていたりする。
が、そんな特別意識感も本番が始まるまでのこと。バックグラウンドは、少なくともちらりと写ることがある。「ほら、あの後ろ姿があたし」と家族に自慢することも可能だ。が、スタンドインはカメラがロールすれば、全く必要がなくなるポジションだ。カメラに写ることもなければ演技をする必要もない。それでも俳優として生業を立てている。

スターとのツーショットの写真を見せびらかす彼らを横目に、憤慨するあたし。黒子と同じ身分でエバルんじゃない! 君たちには俳優のプライドがないのか! 
が、奇妙な“生業”の肩書きトップは女優のCだろう。彼女は死体として有名になった。『羊たちの沈黙』で、死体をファスターが解剖するシーンを覚えている人もいるだろう。あのふくれあがった水死体が、彼女の最も有名な役だった。
水死体になるだけあって、Cはかなり太めだ。そして、顔色も、黄色みかかったそばかす顔で、なるほど水死体、と納得できるほど皮膚が汚い。
もちろん死体の役だけで俳優として食べていくことは不可能なので、彼女は俳優養成講座を開くことを思いついた。そして、その看板として『羊たちの~』に出演した女優、と名を掲げた。彼女の講座には、NYに来たばっかりの俳優の卵が、かなりの数出席していた。そして、きらきらした瞳で、彼女の講義をに耳を傾けている。

シーンスタデイーを指導しながら、メソッドアクテイングを教えている彼女は、ジョディー・フォスターは完璧主義だったとか、死体のメークには6時間もかかったなどと、自慢話を挟むのを忘れない。その度に、俳優の卵たちは、うらやましそうな、ほうっというため息をつく。
が、あたしは納得しない。完璧な死体になることは、すなわち、動かないこと、呼吸をしないこと。つまり演技をしないことが要求される。演技をしないことで名を売った彼女に、演技を教える資格があるのだろか?
いくら有名人のネームドロッピングをしたところで、あたしは騙されない! 水死体として名を売るなんて、彼女にプライドはないのか! あたしはそんな冷ややかな態度で講義を聴いていた。

講義の終わりになって、彼女はあたしと2、3人のヒスパニックの生徒に向かって聞いた。
「“羊たち~”のキャスティングが、マイノリテイの俳優を捜しているんだけど、キャスティングディレクターと知り合いだから、ヘッドショットを渡してあげましょうか?」
「はい!お願いします、先生! 念のため、先生の連絡先の携帯番号教えてくださいますか?」
満面の笑顔で媚びへつらいながら、誰よりも早く、ヘッドショットを手渡したあたし。
そんなあたしに、プライドはない。

ライタープロフィール

大塚肇子

大塚肇子
ハワイのプロダクションにて、企業向けビデオ、コマーシャル、テレビ番組、映画の制作、またライターとしても番組のスクリプトを含め、ビジネス分野からNYライフスタイル紹介といった、日本のメデイア向けの番組制作にかかわる。女優としても、“ピクチャーブライド“をはじめ、アメリカネットワークドラマ、映画、インデペンデント映画に出演。ニューヨークでは、オフブロードウエイの舞台から、フジテレビなど日本のテレビに出演。現在、NY 在住。

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